鋸山日本寺&記念艦「三笠」

仏教情報センター秋の行事のお寺巡りに参加してきました。今回は房総の通称「鋸山日本寺(にほんじ)」関東最古のお寺です。http://www.nihonji.jp/
東京駅をバスで8時に出発。APECの影響で渋滞が起こり予定通り到着するかどうか懸念されたのですが、何事もなく順調に行き海ほたるにも途中休憩できました。
鋸山は険しいカーブで、対向車があったら大変だなって思っていたのですが、対向車にもあわず無事に到着。一望に見渡せる内房の海は絶景です。こんな高い山の上にお寺や大仏があるなんて信じられないくらいです。

岩と岩の間にまるでバーミヤンのような仏像彫刻がありました。百尺観音さまです。約30,3メートル。6年の歳月をかけて完成させました。奥まったところで対面するととても厳かな気分になるものですね。
展望台に登って一面を見渡すと、森林が一帯に広がり全山紅葉とまではいかないまでも秋の風情が感じられるすばらしい景色です。
周囲には千五百羅漢が点在しており、ところどころで手を合わせ、長い石段を登ったり降りたりしながら、ようやく広場に到着しました。ここが大仏さまのおられるところです。私たち一行は特別に住職さまに日本寺の辿ってきた歴史のお話を伺うことができました。
 高さ約31㍍。 
奈良の大仏を凌ぎ、座像および石仏としては、日本一の大きさだそうです。

源頼朝足利尊氏が戦勝祈願をされたこと、住職不在の折に登山者の不注意で火災が起こり本堂が焼け貴重な文化財などが焼失してしまったこと、第二次世界大戦の時は、要塞として使用され住職と家族だけしか残れなくなったこと、修復には法隆寺の宮大工西岡常一さんとお弟子さんが携わったことなどお聞きすることができました。

源頼朝公御手植えのソテツ。
頭部のない仏があちこちで見かけられたのですが、廃仏毀釈運動が起こったときに壊されたものだそうです。
住職のお話のあと、また長い石段を登ったり降りたりしながら、ようやくバスの待っている駐車場に着いたら、なんとバスが故障して動かなくなっていたのです。
急遽、昼食をとる予定の料亭「ばんや」さんから迎えの車にきてもらうことになりなんとか昼食会場の「ばんや」へたどりつきました。海を眺めながらの食事です。http://www.awa.or.jp/home/hota-gk/oshokuji/oshokuji.html
新鮮な魚介類を使ったボリュームのあるものばかりなので、とっても美味しくいただきました。

食後は、またばんやさんのバスでフェリー乗り場に送っていただきました。
ずーっと昔フェリーに乗って以来なので、ほとんどはじめての体験です。
フェリーに乗船してみたらとても広々としていて驚きました。 
 全体を見学して廻り屋上に登ってみました。デッキから眺める景色は壮大でした。
潮風に吹かれながら離れ行く景色を眺め大海原をゆくのはなんともいえない爽快感が味わえました。
こういう場所にいると、気軽に見知らぬ客とも会話が弾みます。そばにいた個人旅行のお客さんたちと話をしたら、桐生市の方たちだというので、急にライシャワーハルさんの母方の祖父のことが頭をよぎりました。
尋ねてみたら、やはりハルさんの祖父は桐生の織物のビジネスをするために米国に渡った方でした。駐日大使をしておられたときライシャワー夫妻は父祖の地桐生市を訪れたことがあったそうです。
久しぶりにライシャワーハルさんの話ができたと喜んでくれました。
桐生の織物は米国などに輸出されたそうですが、中東のイスラム圏の女性たちのかぶりものとしての生地も輸出されてたそうです。
そしてまた白洲次郎夫妻の話をしたら、つい先日群馬大学キャンパスで、クラシックカーフェスティバルが行われ、白洲次郎ベントレー吉田茂ロールスロイスも展示されたことを話してくれたのです。
いろいろなことを教えてもらい、思いがけなくもいろいろな知識が増えました。
以前我が家にホームステイに来たある外国人が、このライシャワーハルさんや、白洲さんのゆかりの方だったのです。これらの思い出がいつも頭のはしっこにありゆかりのキーワードを耳にするとすぐに言葉が飛び出してきます。
初対面でも、こういう話題ですぐに繋がるととっても親近感がわくものですね。おしゃべりしてるうちにもう横須賀に着きました。

バスの故障があったので、陸では別会社の観光バスが待っててくれました。今度は東郷平八郎が司令長官だった戦艦「三笠」を見学です。

三笠公園内にある「三笠」に乗船し、いろいろなエピソードの説明を聞いてから、船内を廻りました。
ロシアのバルチック艦体を破り圧倒的勝利を治めたことで、世界に知られる名提督として讃えられたという東郷平八郎司令長官。
「三笠」は旗艦船というのですが、東郷長官が乗船すると、旗が揚がるのだそうです。
東郷平八郎のことではほとんど知識がなかったのですが、以前にフィンランドに旅してきた方から聞いた話を思いだしました。
フィンランド国民は、ロシアから独立できたのに感謝し東郷さんは英雄として尊敬されていて、東郷ストリートまであるというようなことを聞いた覚えがあります。
東郷はもちろん新渡戸稲造や今NHKで放映されてる「坂の上の雲」にでてくる人物たちの資料室になっていました。
http://www.kinenkan-mikasa.or.jp/index.html
時間がなくなったので、じっくり読む暇がなかったので、いつか又訪れてみたいなと思いました。