置き土産

先週末都内の桜の名所の様子がテレビで報道されていました。
もう桜は咲きだしたけど、お花見のイベントは自粛されているので、花見客は少ないということです。
本来なら日曜日はあちこちで宴会で盛りあがっていたことでしょうが、このまえの日曜日の天気は曇り空で寒くて屋外で花見を楽しむ気にはならなかったと思います。
まるで、天気までが喪に服しているような雰囲気でした。
原発関連のニュースは、なかなか好転していく気配もなく、ますます不安になっていくような日々です。
10年余り前、日本滞在を終えた友人が日本をたつまえに電話してきたのが思い出されます。
お別れの挨拶など話しながら「日本の原発は危険なんですよ。アメリカや中国は砂漠のようなところに原発があるのに、日本では住民が多く住んでるところにあります。」ということばを発したのです。
彼の妻が原子力の研究者だったので東海村の事故の話に及んだときのことです。
ちょうどこのころ、東海村の臨海事故があって間もないころでした。
彼もまた分野は違えど同じような研究者でありまた外国人の立場から日本のことを憂慮していて指摘してくれた言葉だったようです。
そのころ原発の事故のニュースを聞いても遠いところの話で無関心でいたのですが、身近な友人から聞いたこのことばは、衝撃的で心が震えるような思いでした。

日本は、小さい国で砂漠もほとんどないからどうしようもありません。
私のようなものが、こんな重い話を聞かされても、なにもできずどうすることもできません。
彼らが心配するようなことが起きるわけはないだろうと不安を打ち消していましたが、心の底には暗く重い気分が残されました。
この話はまるで日本への置き土産のようでした。